民話の会 民話紹介コーナー
           
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9.滝の城の竜

        
 
滝の城の竜

 

 

       
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滝の城は、むかし(室町時代)八王子城の出城で城というより、砦だったという
ことです。

この竜の伝説は、その滝の城にまつわる物語です。

       
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滝の城には、ふしぎな事ばかり起こりました。

ある真夜中、地震でもないのに地鳴りがして、台地がぐらぐらゆれ動いたり
またある時は、城中の井戸が干上がり、燃えるものもないはずの井戸の中
から
火が吹きだしたり、ある朝など、見張りの兵が一人残らず死んでいるのが発見
されました。

病気でもなく体にかすり傷ひとつありません。不思議
な死にかたです。

            

       
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しかし、その不思議な出来事の原因がぜんぜんわからないのです。

「何かのたたりではないだろうか? いっそ山伏でも呼んで占ってもらったら   どうだろう?」と、殿様がいいました。

さっそく山伏をよびました。

       
 
山伏は、おごそかにお祈りをはじめました。

あかあかと燃える火のうつろいで、山伏の顔はおそろしい形相に見えました。

そして、息づまるような時が過ぎました。

 

       
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お祈りが終ると、山伏は殿様の方へ振り向いて恐ろしい事をいいました。

「これは竜のたたりです。昔から、この丘の土の中に竜が住んでいました。

ところが、城をつくるために騒がしくなったので天へのぼってしまったのです。

その竜が、静かなくらしの邪魔をした人間どもをうらんで、悪いいたずらをするのです。
だから、あなたがたはすぐこの城をひきはらうか、さもなければ、今のうちに竜を退治しなさい。そうしないと、これまでよりももっと恐ろしい事が起こりますぞ」

       
 
山伏が帰ったあと、殿様は「おどろいたな、竜がいたずらをしているとは
・・・。
とんだ所へ出城を築いてしまったものだな」と、いいますと家来の
一人が
「もっと恐ろしいことが起こっては大変です。いまのうちに城をほか
に移しては
いかがでしょうか」


「いや、それはならん。ここよりほかに八王子城を守るのに地の利のよい所
ないだろうからな」

「とすると、竜を退治するよりほかに方法がございませんな」
        「さよう・・・。しかし、かんじんの竜がいっこうに姿を見せん。

戦いに
強い武蔵武士でも、姿の見えぬ敵ではどうする事もできはしない」

殿様は、腕をこまぬいて考えこんでしまいました。  
       
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すると、しばらくして、一人の家来が膝をすすめて言いました。
「いい考えがうかびました。城中の美しい女たちに、にぎやかに踊りをさ
せて
みてはいかがでしょう。

むかし、(あま)(てらす)大神(おおみかみ)が天の岩戸におかくれになった時、岩戸の前でお神楽をもよおしました。そしたら、おかくれになって
いた大神がそれをごらんになりたくて、岩戸をお開きになったというではありませんか。竜もきっと踊りに誘われて姿をあらわすかも知れません。

その時、弓の名人に矢を射させて退治してしまってはいかがでしょう?」    「なるほど、それも一つの方法じゃな」殿様が膝をたたくと、家来たちも
賛成し、やってみようということになりました。
       
 
さっそく、城の下ににわかづくりのやぐら舞台がもうけられました。

その夜、舞台の四隅に赤々とかがり火を燃やし、笛や太鼓やつづみでにぎ
やかに
はやしたてました。


それに合わせて、声じまんの武士が今様をうたいますときらびやかに着飾った数人の美女が舞台の上で踊り始めました。

舞台の下の垂れ幕のかげには、弓の名人がかくれていました。
       
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にぎやかな踊りは、夜更けまで続きました。おはやしや歌の声が城の森
こだましました。

月までが、中天にとまったまま踊りに見とれているかのようです。

だが、竜はいっこうに姿を見せません。

あきらめた殿様は、とうとうあとひと踊りで、踊りをやめさせようと思いました。

その時です。

 

       
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西の空にかたむいた月が、急に黒い雲にかくれました。             黒い雲は見る見るうちに空じゅうに広がりました。

と、同時に、ゴーッ!と
すさまじい風です。かがり火が一度に吹き消されて
真っ暗闇になりました。

みなギョッとして、空を見上げました。が、暗くて何も見えません。


その時、すさまじい稲妻が一瞬空に走りました。そして、人々は見たのです。


うずまき流れる濁流のような黒い雲とその中に、のたうち現れた恐ろしいものの
姿を・・・。

「竜だ!」「竜だ!」「竜があらわれたぞ!」
みな、口々にさけびました。   が、その声も、とどろきわたる雷鳴に、たちまちかき消されてしまいました。
       
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踊り手たちは身ぶるいして、舞台から飛び降り垂れ幕の中にかくれました。

すれ違いに飛び出したのは、弓の名人です。
弓に矢をつがえ空に向かって身
がまえました。

また一瞬、稲妻が光りました。

垂れ下がった黒い雲の中に、竜のうろこがきらりと光りました。


「ぬかるなよ!」
 殿様の励ましの声がとびました。

       
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三度目の稲妻と同時に、すぐ目の前にせまった竜の姿がはっきりと見えました。

ビューン! 
矢がはなたれました。

たしかな手ごたえ! 

ギャーッ! 恐ろしい竜の悲鳴です。
       
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次の瞬間、黒い雲はたちまち晴れ、月がまた顔を出しました。

月明りで、地上に横たわる竜の胴体が見えました。

その首は、北に向かって飛び、恐ろしい形相のまま転がっていました。

ついに、竜は退治されたのです。
       
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それから後の滝の城には、何の不思議な出来事も起こらなくなりました。
       
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その時、

  竜の首の飛んだ所が、井頭(いがしら)

  矢の落ちたところが、矢崎(やざき)

  踊りをした場所が、 舞台(ぶたい)

という字名(あざめい)として残り使われていました。   

おしまい