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1 |
おーい、おめえさんたち、ここへやべー。
こんだぁ、まっとおもしれえ話してやんべーなあ。
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2 |
あのな、所沢には、北秋津という地名があんべー。
ほんとうはな、はなっから北秋津ちゅうんじゃねぇんだぞ。
おめえさんらそのわけしってんか、
そのわけ、これから話してやんべー。
その話はな、そりゃえれえ昔のことでなー。
おめえさんらのおっかあや、じいさまがまだ生まれねぇ、まっとずぅつとめえの
昔のことだ。
この村の名前は本当はな、秋津村と言ってたんだぞ。でもってな「秋津」ちゅうのは、
昔の言葉じゃな、おめえさんらの知っているトンボのことを指してたんだなー。
だから、この村の名前は「トンボ村」と言っても間違えあんめー。
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3 |
そのトンボ村にな、これまた大昔、そりゃそりゃ、えれー我ままなお殿様が
ござらっしゃつて、めぇ日めぇ日、我ままばかり。
それどころじゃねぇ、
えれー癇癪持ちで、家来や村の衆をこまらせていた。
ある秋に、そりゃまぁ雲一つねえ、きれえに晴れ上がった朝っぱら、
お殿様が庭先で
ぶらーりぶらり散歩しているとなー、目のめえにトンボが
すーっと飛んで行った。
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4 |
お殿様は急にそのトンボが欲しくなって、家来の者に
「村中にいるトンボを全部とっつかまえてこい」と、言いつけたんだなー。
いつもの我ままが始まった。あの我まま殿様だ、へたー逆らうと、
あにこくかわかりゃーしねえ。家来は村中に立て札を建てて、
村の者に「村中にいるトンボを全部とれ」とお触れをだした。
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5 |
次の日の朝っぱらから、しかたぁなく、忙しい野良仕事をやめてな、じいさまもばあさまも、
おとこしもおんなしも、それからな、めどっこも、やろっこも年はのいかねえガキまでもがな、
いっしょくたになってトンボ捕りが始まった。
えれぇことになったなぁ。この畑仕事のこ忙しい時期に、
「わがんま殿様には困ったもんじゃ」
「でもなぁ、殿様に言われた通り、トンボとるしかあんめぇ」
「や~い、今、そっちにトンボが飛んで行ったぞ、つかまえてくれぇ」
「よ~し、ほっ、とれた、とれたぞ~」
「おらたちも、網を使って、こんなにとれたよ~」
「いっぺえ~とれたなぁ。
もうこの辺にぁ、トンボは一匹もいなくなったんじゃあんめぇか~」
家来や村の人が精出して、骨折ったかいもあり、あたりがうすっ暗くなるころには、
トンボをすっかりとりきった。
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6 |
家来や村の衆はほっとして、ひっつかまえたトンボを全部袋に入れてな、
「お殿様、これが秋津村のトンボ、全部でごぜえます」と、
殿様のめえに差し出したんだなぁ。
殿様は、「でかしたぞ、よくやったぁ、ふむふむ」と、しこたま喜んで、
集まったトンボの袋をのぞっこいていると、どうした訳かな、
一匹のトンボが殿様のめえをすーと飛んでいるじゃねえか。
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7 |
それを見たとたん、殿様はいつもの癇癪をおこし始めた。
「な、なんだ、あれは。まだトンボがいるではないか~、けしからん」と、言って、
カンカンに怒った殿様はトンボの袋を近くの日月神社へ持って行ってな、そこに生えている
御神木のケヤキの前に突っ立って、ありったけの声を出してな
怒鳴りつけたんだと。
「これ、日月神社大明神よ、
おめえさまに本当に、神の力があるなら、今、わしがぶんなげる
トンボのかたまりのぶつかった所から、違った木い生やしてみろ。
できなかったら、こんな神社
、ぶっこわしちゃうぞ」
癇癪持ちのお殿様は、そうこきながら、日月神社の御神木に、
思いっきりトンボの袋をこきつけた。 |
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8 |
するとな、きてえなことに、御神木のケヤキの枝の股から、エノキの木の枝が、
にょっきにょっきにょっきと生え出しやがった。
「なっ、なんだこれはぁ」
さすがの殿様も、真っつぁおになって、口をあけて、ポカーンとしてしまった。 家来も村の衆もあんまりの恐ろしさに、皆、うったまげて、その場につっぷしてな、
がたがた震えていたんだなぁ。
ところがなぁ、まっときてぇな事がおこったぞ。
あの我まま殿様がな、エノキの木を指さしたまま石のように固くなっちまって、
それっきり、あんにも動かなくなったんだと。
我ままばかりこいていたから、多分、神様のバチがあたったんだべー。
おめえさんたち、我ままこいてんといけねえぞ。
きっと、この我まま殿様のようになったら、たいへんだからなぁ。
うんうん、それから、ぶっつけられたトンボはどうしたかって。 |
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9 |
そりゃあぁもう、トンボはあきれけえって、一匹残らず、川向こうの南の方へ
飛んで行ってしまった。
だからな、秋津村には一匹のトンボもいなくなってしまったんだ。
そんな事でなー、トンボの飛んで行った村ぁは「南秋津村」と言うようになった。
もとの秋津村のことを「北秋津村」と言うようになったんだとよー。
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10 |
そんでもってな、このおじさんがなぁ、まだガキの頃だ。
やろっこ八人ぐらいでも抱えきんねぇ、おおーきなケヤキがなぁ、
日月神社の庭っつぁきにあってな、よーく遊んだもんだぁ。
そんでもってな、この大きなケヤキの木の途中から、ほんとにエノキの木が
生えてたんだぞー。
だからこの話、本当かもしんねぇなー。
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11 |
じゃ、この話はこれでおしめいだ。
どうだ、面白かったか。
またこんど、まっとおもしれぇ話してやんべー。
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