ところざわ倶楽部          投稿作品     エッセイ&オピニオン

   
   “芸術の為に生きる” 求め続け 辿り着いた『第九』

               ※※歓喜への道のり※※

   
                             2021-12-19 

           記 ドラマティック・カンパニ- 児新 喜美子

                              
                                       
                                                      
     

○【芸術の為に生きる】決意

 作曲家にとって命の聴覚の異常に27歳頃から悩まされたL.v.ベートーヴェン(1770―1827年)。天賦の才能を持った故の深い苦悩は我々の想像を超える。 絶望し、1802年ハイリゲンシュタットで遺書を書いたのは32歳。

 だが、彼は【芸術だけが自分に力を与えてくれる/芸術の為に生きる】と思いとどまり、苦悩を乗り越え、その翌年からの約6年間〈謂わゆる“傑作の森”と言われる時期〉意欲的に作曲に取り組んでいった。その期間によく知られた曲だけでも/交響曲『英雄』『田園』『運命』/ピアノコンチェルト『皇帝』/ヴァイオリンソナタ『クロイツェル』/ピアノソナタ『月光』『熱情』『テンペスト』(尚『悲愴』は病が進行していた1798―99年29歳頃)などがある。弱い自分に打ち勝つ自分、自らの境遇に負けていられない時期であり、作曲することが彼を支えていたのかもしれないと私は思う。又 激しい心の葛藤、救いを求める魂が痛いほど繰り返し聴くたび弾くたび伝わって来る。


○【歓喜への道のり】

 ベートーヴェンは22歳の頃、ドイツの詩人F.v.シラー(1759-1805年/ゲーテと共にドイツ古典主義とドイツ文学の黄金期を作り上げた人物)の“歓喜に寄す”(詩の抜粋- -すべての人々は兄弟になる/抱き合おう/幾百万もの人々よ/この口づけを世界に/あの星空のその上に神は住んでいる--)の詩と出会い、深く打たれ作曲しようと心に決めていく。    

 しかしそれを表すまでになんと30年の歳月を要し、交響曲《第九番 ニ短調 作品125》(合唱付き) が完成したのは1822―24年53歳の時だった。その楽譜は全曲で575ページに及ぶ(ネットで閲覧可能)。それはベルリン国立図書館に保存されている。黄ばんだ手書きの楽譜、筆跡やコメントから、この曲が生まれた息遣いや込められた生々しい感情の高まりを私は感じる。

 -〈人類最高の芸術〉と言われ自筆譜は国際連合教育科学文化機関(ユネスコ)の記憶遺産リストに登録されたー

 -欧米では『第九』は神聖化された作品とされている。世界で、或る時は鎮魂のレクイエム、或る時は生きる喜びの祝祭曲(ベルリンの壁崩壊東西ドイツ統一後・東日本大震災後・オリンピック開催時など)として演奏され続けている-


○  【梅田智也&末永匡ピアノデュオリサイタル】2022. 1.30.(日)開場12:45開演13:30

 F.リストはベートーヴェンの孫弟子にあたる。そのリスト編曲による『第九』(2台ピアノ版)

※※梅田智也&末永匡 ピアノデュオリサイタル※※《衝撃のピアノデュオ心に響く壮大な旋律》が所沢市民文化センターミューズで行われることを知った。(詳細はところざわ倶楽部HP、会員個人からの情報案内欄をご覧下さい)

 今迄聴くチャンスが無かったので、どんな会場で演奏会が行われていたのかを知りたくなった。先ずクラシック音楽を主に公演している上野の東京文化会館(オープンは1961年4月)・サントリーホール(同1981年10月)其々のオープンから今日迄の主催公演による全演目をアーカイブで調べてみたが無かった。地元の所沢市民文化センターミューズ(同1993年11月)の全演目(HP活動記録と担当者に確認)も調べた。が、三館いずれもオープン以来 唯の一度も演奏されて来なかったことが分かり、今回の所沢文化フォーラム主催の企画は極めて<意欲的な試み>と改めて認識した。

 重音の激しいパッセージの連続、しかも速いテンポで目まぐるしく複雑に弾き手が入れ替わる。その上、練習室での響き・リハーサルの無観客状態でのホールの響き・本番での観客入場後の響き、これらの微妙な響き方の違いにまで神経を研ぎ澄まし、演奏する事はプロのピアニストでも、息もつけないほどの緊張感で、正にピアノ人生をかけた真剣勝負となるのではと思う。


○末永匡先生(私事ですが末永匡氏に師事)にお話を伺った。

※『第九』がクラシック音楽に占める位置と捉え方について

- - ベートーヴェンの『第九』は“オーケストラの世界を完成させ、他の追随を許さない”交響曲の最高傑作“と言えると思います。彼の作品の中でもオーケストラの理想型で、ブラームスなど彼の後に続く作曲家の背後には常にベートーヴェンの交響曲が在り、その圧倒的な完成度と存在感に「筆が進まない」と計り知れない影響を与えた作品でした。これ迄世界には(楽譜が存在するだけでも)16,000曲以上の交響曲が存在しますが、実際に演奏されるのはその1%以下ではないかと考えられます。その中でもベートーベンの交響曲第一番から第九番の全曲は、生誕250年以上たっても毎年全世界で演奏され続け、彼の交響曲が世界で演奏されない年はなく、そんな作曲家は他にいないでしょう- -


※ピアノデュオの聴きどころについて

 - - ピアノの表現の豊かさに注目し、ピアノならではの魅力・技巧を最大限に引き出し、わかりやすい形で表現されるピアニスティックな魅力満載の曲となっています。

 湧き上がる生命力、天上の音楽のような響き、そしてある時は狂ったよう、ある時は宇宙の拡り、などオーケストラとはまた異なる、惹き込まれるような新鮮な迫力や高揚感を味わって頂けると思います。

 現代のピアノは1台88鍵 2台で176鍵(正確に言えば編曲された時代には数鍵盤少ない)、100人から200人の合唱とオーケストラを2人で弾くと言う事は相当の鍛錬が必要です。2人で大勢の奏者が居るような演奏ができたらと思っています。皆様には2台のピアノのダイアローグ、音の嵐、時には戦争のようなぶつかり合い、また狂気じみた難しさや宇宙的な広がり。あらゆるものが混在しています。波紋ひとつ立たない静寂も二人で作り、また二人でドンチャン騒ぎになるようなものも。そして協調する室内楽でもあります。何しろ難しい!そう簡単にできるものではないので是非この機会に新鮮な響きを堪能して頂きたいと思っています - -

 

○【無事に開催され成功することを】

 このような時期、疲れた我々の心を励ますため、芸術の力で生きていく意欲と熱量、そして各々の目標に向かって再び歩いていけるよう、お二人のピアニストが敢えて難曲に挑み演奏して下さるのではないか、と私は思っています。

 そのことをしっかりと受け止め、この演奏会が無事に開催され、成功することをサポーターの1人として心から祈っています。

 

                                           以上

 

※※補足(参考迄)/末永匡氏の師弟関係のルーツ※※

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン→カール・チェルニー→フランツ・リスト→ハンス・フォン・ビューロー→カール・ハインリッヒ・バルト→ヴィルヘルム・ケンプ→デトレフ・クラウス→タダシ・スエナガ