ところざわ倶楽部          投稿作品       エッセイ&オピニオン


  
 
《ドアを開けると》
   
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そして《ゆっくり熟成していく大切さ》     
                     
                          2022-8-31 記 児新 喜美子
                                       

   


                  《ドアを開けると》

 アトリエのドアを開けると窓の向こうに青い大空とゆったり流れる白い雲!お庭にはお花好きの素敵な奥様が丹精こめ手入れなさっている木々や花々。しっかり防音されているアトリエの中まで爽やかな風が吹いてるよう!恰も自然の中でピアノを弾いているような錯覚に陥いる空間!そこにベヒシュタインピアノ、そして末永匡先生の温かい笑顔が迎えて下さり--一期一会のレッスンが始まる--

                    《具体的なアドヴァイス》

 先生の奏法上のアドヴァイスはとても分かり易い。例えば、鍵盤と指との角度/微妙なタッチの違いと音色との関係/手首の向き等々とても具体的である。先生の的確なアドヴァイスとしなやかな解釈をお聞きし再び弾く。すると急にイキイキした曲になってくる。不思議だ。

 恥ずかしい話だが、凡そ8年前初めて先生のお宅に伺った頃の私はたった隣の指への意識と圧力移動さえコントロール出来ず、両手の習得まで数ヶ月掛かった。それが今ではかなり難しい課題もレッスン中に修正できることが多くなってきた。少しづつだが前進していると実感出来るのは嬉しいことである。これも何かと落ちこぼれ生徒の私を諦めず丁寧にご指導下さる先生のお陰であり、心から感謝している。


           《忘れられないレッスン》

 今年321日カイロのオペラハウスでS.Prokofievの【ピアノ コンチェルト 第3番〈カイロ交響楽団〉】を演奏された数日後、FaceTimeレッスンして頂いた。先生がふと窓の外にiPhoneの向きを変えると、滔滔と流れる土色のナイル川が!あゝ地球の裏側!そんな遠くから!と改めて感謝しながら5月の発表会に準備していた曲をF.Lisztの【Consolation〈慰め 〉】に替えたいと相談させて頂いた。何故ならその頃の私は、数年前から続く抑圧された空気に加え毎日入ってくるウクライナの惨状に大きなショックを覚え、ピアノを弾く意味が分からなくなり意欲も減退しつつあった。そんな気持ちになったのは初めてだった。そこで犠牲になった兵士や子供達/そして当日会場に来られる方々の中にもきっとコロナ禍で傷ついてる人が/その方々のお心が魂が癒されるよう《慰め》を弾きたいと伝えた。先生は私の迷いを理解し受け入れ喜んで下さった。

 そして「このYouTube見たことありますか」とウクライナの女性ピアニストによるF.Chopinの【Etude Op.25 No.1 】〈別名:aeolian harp /風のハープ〉が送信されてきた。滅茶苦茶に破壊された部屋、じゃりじゃりと割れたガラスを踏みながらピアノに近づき、蓋の上に積もった細かいガラス片が混ざった埃をフーッと息を吹きかけ拭い、凄い速さでこの曲を弾き始めた。豊かな日常が脆くも崩れ去り、大切にしていたものを突然失った遣り切れない無念さを表すかのような演奏。これが自分のピアノ自分の部屋での最後の演奏になることを悟っている。込み上げる感情を抑えて聴く事はできなかった。その時「音楽の力は決して弱くない、世界中で何万もの人達がこれを見る、音楽は人を動かす力を持っている」と先生からのメッセージ。伝統も文化も全て奪う戦争/何があっても避けなければならない!と訴える確かな力が音楽にあると知った。(このYouTubeは現在178万回再生されている

 --本当に大切なものは見えない。平和も見えない/愛も見えない/音も見えない。見えないけれど感覚に訴える深淵な音の世界! 聴く人と弾く人/共鳴する心と音の波動/祈りを込め感謝を込め弾く時 その波動で曲に魂が宿る!この日のレッスンでそう強く思った--


                     《ゆっくり熟成していく大切さ》

 先生は毎回たくさんのお話をして下さる。ドイツで真剣に学び得られたこと/ドイツ人恩師との交流/芸術に対する真摯な考え/忘れ得ぬ情景/異国の地で電車に揺られながら考えたこと/ピアノを弾く厳しさと喜び~これら貴重な体験と豊かな感性から紡ぎ出される先生の言葉は哲学的で重みがある。

    --その言葉11粒と私の懐かしい記憶や想い出がゆっくり時間をかけ溶け合い・発酵し・Wineが熟成していく--そんな段階に最近差し掛かっている。そんな気がする。だが香り高く潤いのある味に辿り着くのはまだまだ先だろう。--これからも先生のご指導を受けながら、ゆっくり時間を掛け、味わいながら求め続けていきたい--      


         [末永匡公式ブログ 声欄 に掲載予定]


〈追記〉
 お読みになった後、ドアを開けてみよう”“前を向き ゆっくり進んでみよう”  少しでもそんなお気持ちになって頂けたら嬉しいです。