緑をながめている。
毎日変わり行く緑の彩に、当り前のことのように見ているが「ふと」不思議な感動が現れた、感謝したい気持ちになった。この時々の心持をどのように表現したらよいのだろうか。詩にあらわせないだろうか。
一茶の句を想いだした。
「露の世は露の世ながらさりながら」 「老が身の値ぶみをさるるけさの春」
「死下手とそしれば謗れ夕炬燵」 「ともかくもあなた任せの年の暮れ」
これらの句は、人生の苦句のように思えてならないと評論されていた。
数年前になるが、俳人金子兜太の俳句教室へ投稿したことがあった。月に5句の投稿の評価は『海程』の編集長が観てくれた。
何度目かに投句した私の句「山寺や狐の親子先導す」に対しての評価は、
「きっちり書けておもしろいですが、中・下句の事柄がいかにもどうだという作者の狙いが見える点、減点です(ママ)」ということで評価をおとされた。
早速私は怒りを覚えた。
作者の意図は編集長の見るようなことではなく、目に見える如くの物語なのである。後に反省したのだが、「意図通りに読まれなかった詩が課題だよ」である。
暫くして、この講座を止めたが、同人にならないかと句誌『海程』が送られてきた。
残念なことは、金子兜太に一度も私の句を評価していただいたことがなかったことである。また、後の反省だが「有名人に観てもらおうとする気持ちがよろしくなかったな」
金子兜太は小林一茶の句の世界を目指していたと、言われていた。
一茶は新潟県に移り住み57歳で娘を授かったが、しかし娘は幼くして病死した。そのような背景を思いながらの一茶の句の世界は、悲しい詩になるのであろう。そんな評論があるのであるが、そんなことはないと私は思う。
私の恩師の言葉を思い出しました「他人の格言を信じるなよ」。私は、評論家の言葉を信じるなと言うことだと考えている。
私たちは一茶の生きた時代の背景を観ての評価をしがちなのだが、それだけでは句の世界はみえないのではないだろうか、一茶の遊び心をである。
ならば、私の句の小世界であるが、「理屈っぽいなあ」である。
主なき蜘蛛の巣の先降り月 馬鈴薯を植えて一日老いるなり
秋の野や鴉一羽の踊りおり 蜘蛛の糸弓形になり山囲う
山寺や狐の親子先導し
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